表彰等

2018年度基礎研究賞

2018年度基礎研究賞の授与について

丸山 宏

日本ソフトウェア科学会は,ソフトウェア科学分野の基礎研究において顕著な業績を挙げられた研究者に対して基礎研究賞を授与し,その功績を称える制度を 2008年度に設けました.基礎研究賞は毎年2件程度の業績を選定し,主要な貢献のあった研究者に賞状および副賞を授与するものです.第11回にあたる2018年度は2019年3月1日に開催された基礎研究賞選定委員会の審議結果を受け,同年3月26日の役員会において,2件の研究に基礎研究賞を授与することを決定いたしました.

選定委員会の構成は以下の通りです.

丸山宏(理事長),千葉滋(編集委員長),
大沢英一,筧捷彦,河野健二,中島秀之,二木厚吉
 

萩谷昌己氏(東京大学)

授賞業績: プログラミングおよびプログラミング言語分野の処理系および基礎理論に関連 する一連の研究
授賞理由
萩谷昌己氏は長くにわたり,プログラミングおよびプログラミング言語の分野の理論的・実践的両面にわたる研究を幅広く行い,数多くの優れた業績をあげてきた.プログラミング言語の実践的側面としては,Lisp 処理系の実装においての貢献があげられる.湯浅太一氏(京都大学名誉教授)とともに実装したKyoto Common Lisp [1] では,Common Lispの仕様に完全に準拠し,現在はGNU Common Lispとして発展し.ACL2 などのソフトウェア実装の基盤となった.基礎的分野においては,型付き言語に対する超循環 インタプリタ[2],高階型理論における一般化[3],高階単一化を用いた例によるプログラミング[4], Java 仮想コード解析[5], ソフトウェアモデル検査[6] 等において数多くの業績をあげている.その一方で,文書作成とプログラミングを融合したパラダイムである「Proving-as-Editing」[7] やセキュア・プロトコルの検証[8] 等,様々な領域において研究成果をあげている.近年は計算機上のプログラミングの範囲を越えて,分子システムを計算モデルとする,分子コンピューティング[9] に研究対象を広げ,分子反応の持つ潜在的計算能力の理学的解明,分子反応に基づく新しい計算機能の工学的実現に取り組み,新学術領域「分子ロボティクス」において領域代表としてこの分野に多大な寄与をしている.その他に,数理論理学[10],分子コンピューティング[11] など様々な分野において優れた教科書を執筆してきた.よって,本学会は,萩谷昌己氏に基礎研究賞を授与することとした.

出典:
[1] Taiichi Yuasa and Masami Hagiya: Introduction to Common Lisp, Academic Press, 1987.
[2] Masami Hagiya: Meta-circular interpreter for a strongly typed language, Journal of Symbolic Computation, Vol.8, No.12, 1989, pp.651-680.
[3] Masami Hagiya: Generalization by parametrization in higher order type theory, Theoretical Computer Science, Vol.63, 1989, pp.113-139.
[4] Masami Hagiya: Programming by example and proving by example using higher-order unification, 10th Conference on Automated Deduction (M. E. Stickel ed.), Lecture Notes in Aritifical Intelligence, Vol.448, 1990, pp.588-602.
[5] Masami Hagiya and Akihiko Tozawa: On a New Method for Dataflow Analysis of Java Virtual Machine Subroutines, Static Analysis, 5th International Symposium, SAS'98, Pisa, Italy, September 1998, Proceedings (Giorgio Levi, ed.), Lecture Notes in Computer Science, Springer-Verlag, Vol.1503, 1998, pp.17-32.
[6] Watcharin Leungwattanakit, Cyrille Artho, Masami Hagiya, Yoshinori Tanabe, Mitsuharu Yamamoto, and Koichi Takahashi: Modular Software Model Checking for Distributed Systems, IEEE Transactions on Software Engineering, Vol.40, No.5, 2014, pp.483-501.
[7] Koichi Takahashi and Masami Hagiya: Proving as Editing HOL Tactics, Formal Aspects of Computing, Vol.11, No.3, 1999, pp.343-357.
[8] Hubert Comon-Lundh, Masami Hagiya, Yusuke Kawamoto, and Hideki Sakurada: Computational soundness of indistinguishability properties without computable parsing, The 8th International Conference on Information Security Practice and Experience (ISPEC 2012), Lecture Notes in Computer Science, Vol.7232, 2012, pp.63-79.
[9] Masami Hagiya, Akihiko Konagaya, Satoshi Kobayashi, Hirohide Saito, and Satoshi Murata: Molecular Robots with Sensors and Intelligence, Accounts of Chemical Research, ACS, Vol.47, No.6, 2014, pp.1681-1690.
[10] 萩谷昌己, 西崎真也: 論理と計算のしくみ, 岩波書店, 2007.
[11] 萩谷昌己, 山本光晴: 化学系と生物系の計算モデル, 共立出版, 2009.
 
 

五十嵐健夫氏(東京大学)

授賞業績: ヒューマンコンピュータインタラクションおよびコンピュータグラフィックスに関する研究
授賞理由
五十嵐健夫氏はヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)およびコンピュータグラフィックス(CG)の研究における日本の現在の第一人者である.五十嵐氏は1990年代からカジュアルユーザを対象とした形状デザインツールの研究に注目して数々の論文を発表してきた.1999年にはTeddy[1]というスケッチ形状モデリング手法を発表し,SIGGRAPH 1999 Impact Paperに選ばれている.また2005年に発表したAs-Rigid-As-Possible[2]という直観的な物体変形操作手法も有名である.これらを中心とするCG分野での顕著な業績により2006年には,ACM SIGGRAPHからSignificant New Researcher Awardを受賞している.その後も五十嵐氏はHCIやCGに関する多くの研究[3,4,5]を自身で発表するだけでなく,東京大学での研究室,およびJST ERATOデザインインタフェースプロジェクトなどを通して,HCIやCGの分野で日本を代表する多くの若手研究者を輩出してきた.さらに五十嵐氏は,ACM UISTのProgram co-chairおよびConference co-chair,SIGGRAPH ASIAのProgram co-chairをはじめとして著名国際会議の委員を多数務め,また国内でも日本ソフトウェア科学会ISS研究会主査をはじめ多くの場面でHCIおよびCGの研究業界をリードしてきた.以上の顕著な業績と貢献により,日本ソフトウェア科学会は,五十嵐健夫氏に基礎研究賞を授与することとした.

出典
[1] Takeo Igarashi, Satoshi Matsuoka, Hidehiko Tanaka, Teddy: A Sketching Interface for 3D Freeform Design, ACM SIGGRAPH 1999: 409-416 (1999).
[2] Takeo Igarashi, Tomer Moscovich, John F. Hughes, As-rigid-as-possible shape manipulation, ACM Transactions on Graphics, 24(3): 1134-1141 (2005).
[3] Takeo Igarashi, Ken Hinckley, Speed-dependent automatic zooming for browsing large documents, ACM Symposium on User Interface Software and Technology (UIST): 139-148 (2000).
[4] Takeo Igarashi, John F. Hughes, A suggestive interface for 3D drawing, ACM Symposium on User Interface Software and Technology (UIST): 173-181 (2001).
[5] Takeo Igarashi, John F. Hughes, Clothing manipulation, ACM Symposium on User Interface Software and Technology (UIST): 91-100 (2002).