表彰等

2004年度フェロー

平成16年度功労賞授賞およびフェロー称号の授与について

理事長 近山 隆 (コンピュータソフトウェア Vol.21 No.5 Sep.2004)

日本ソフトウェア科学会は設立20周年記念事業の一環として,日本ソフトウェア科学会のこれまでの学会活動に対して特に貢献が顕著と認められる 会員に対し功労賞を,ソフトウェア科学の分野における発展に対して特に貢献が顕著と認められる会員に対しフェローの称号を授与して,その功績を称 える制度を2004年度より設けた.  功労賞,フェロー称号の授与は2年ごとに行い,理事会の下に各々の委員会を設けて対象者を選定し,理事会の議決を経て決定することとなっている. 初回の選定にあたる今年度は,6月24日に開催された両選定委員会の結果をうけ,7月12日に開催された理事会において授賞者・授与者を決定した. なお,フェロー称号授与規則では各回の授与は原則として3名以内となっているが,フェロー選定委員会において初回である今回は7名の会員がフェ ローの称号にふさわしいとの結論が得られ,理事会においてもこれを承認したので,3名の会員に功労賞を授賞,7名の会員にフェローの称号を授与す ることとなった.  功労賞およびフェローの称号を得られる皆様には,これまでの学会およびソフトウェア科学分野の発展への多大な貢献に感謝申し上げるとともに,今 後とも学会とソフトウェア分野の発展への一層のご尽力をお願い申し上げる次第である.

平成16年度 フェロー受賞者
大野豊 氏
片山卓也 氏
土居範久 氏
中田育男 氏
二村良彦 氏
渕一博 氏
米澤明憲 氏  

 

略歴、授賞理由

大野豊 氏

略歴

 1924 年東京都生まれ.1946 年東京大学工学部機械工学科卒業後,日本国有鉄道技術研究所勤務,座席予約システム,新幹線運転管理システムなどの研究・開発に従事.1972 年より京都大学工学部教授,ソフトウェア工学の研究・指導を通してその発展に貢献.また,情報処理教育センターの設立にも寄与,初代センター長.1988 年京都大学定年退職後,立命館大学理工学部長,京都高度技術研究所所長,関西TLO 社長(現職) などを歴任.本学会初代理事長.1971 年紫綬褒章.1996 年勲二等瑞宝章.2000 年京都府文化賞特別功労賞.

授賞理由
 1946 年から72 年にかけての日本国有鉄道技術研究所在籍中,座席予約シス テム(みどりの窓口) や新幹線運転管理システムなど,大規模オンラインリアル タイムシステム草創期の研究開発に従事し,それらを実用的な成功に導いてきた. その経験をもとに,移籍した京都大学において,ソフトウェア工学の中核的教育 研究拠点を築いた.大野氏の指揮したソフトウェア工学研究は,要求定義検証・ 仕様変換やラピッドプロトタイピングを含む要求工学,部品化・再利用技術を用い たソフトウェア設計自動化およびプログラム自動生成,並列処理ソフトウェアの 開発技法とその分散データベースやネットワークシステムへの応用,関数型モ デル・論理型モデル・オブジェクト指向モデル等の新形態ソフトウェアパラダイムと それに基づく仕様抽象実行・プログラム変換・プログラミング環境の研究など多岐 に渡り,その成果が創成期・発展期のソフトウェア工学の全体像を描いている.  このように,情報システム工学およびソフトウェア工学の発展に対する貢献は 顕著である.よって,日本ソフトウェア科学会は,大野豊氏の功績を称え,フェ ローの称号を授与する.


片山卓也氏

略歴
 1939 年神奈川県生まれ.東京工業大学大学院修士課程卒業後,日本IBM 株式会社就職.1967 年東京工業大学工学部電子物理工学科,同情報工学 科を経て,1991 年より北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授, 同研究科長などを歴任.
授賞理由
 一貫して,ソフトウェア開発の形式化に関する研究に従事し,関数的プログラ ミングに基づくソフトウェア開発方法論の構築,ソフトウェアの検証方法論の 開発,ソフトウェアの発展・進化モデルの提案により,ソフトウェア科学の発展 に大きく寄与した.特に1980 年代,POPL 会議,TOPLAS 誌,ICSE 会議で発 表されたソフトウェア構成のための検証・翻訳・設計方式の3 部作の論文は国 内外で極めて高く評価されている.また,ソフトウェア科学の研究プロジェクト・ 学会活動では,科研特定領域研究「発展機構を備えたソフトウェアの構成原理 の研究」研究代表者,日本学術振興会未来開拓研究「ソフトウェア開発方法論」 プロジェクトリーダ,21 世紀COE プログラム「検証進化可能電子社会」プロジェ クトリーダ,日本ソフトウェア科学会第3 代理事長など,重要な推進役として広 範囲に活躍している.  このようにソフトウェア開発の形式化に関する研究・教育・開発上の功績は 極めて大きい.よって,日本ソフトウェア科学会は,片山卓也氏の功績を称え, フェローの称号を授与する.


土居範久氏

略歴
 1969 年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学.慶應義塾大学理工 学部教授を経て,2003 年より中央大学理工学部教授,慶應義塾大学名誉 教授.工学博士.現在,文部科学省科学技術・学術審議会委員,総務省情報 通信審議会委員,世界科学会議(International Council for Science(ICSU))Priority Area AssessmentPanel of Scientific Data and Information メンバー,科学技術 振興機構(JST) 社会技術システムミッションプログラムII「情報セキュリティ」研究 統括,特定非営利活動法人日本セキュリティ監査協会会長,国際計算機学会 (ACM) 日本支部長,など.専門はソフトウェアを中心とした計算機科学.
授賞理由
 1960 年代慶應義塾大学大学院に在学中から今日に至るまでソフトウェア科学 分野における数多くの研究を行ってきており,国際的にも高く評価されている. わが国初のタイムシェアリングシステムを1960 年代半ばに開発するなど,オペ レーティングシステムの研究開発の先駆者の一人である.1980 年代からは, 特にオブジェクト指向に関わる研究を数多く行ってきた.その中でも,マルチ プロセッサ上で動作するSmalltalk の開発,およびSmalltalk をC に変換する システムの開発の二つが特に注目された.現在中央大学理工学部教授とし て情報セキュリティやソフトウェア開発法の研究を進めている.さらに,わが国 の科学技術政策に深く貢献し,特に日本学術会議会員としてソフトウェア科学 分野の発展に努めてきた.その成果の一つとして国立情報学研究所の設立が ある.これらの功績により,各省庁の大臣表彰や学会功績賞等を受けており, 日本ソフトウェア科学会からも昨年特別功労賞を受けている.  このように,研究のみならず,わが国の科学技術政策においてもソフトウェア 科学分野の発展への貢献は極めて顕著である.よって,日本ソフトウェア科学 会は,土居範久氏の功績を称え,フェローの称号を授与する.


中田育男氏

略歴
 1935 年生まれ.1960 年東京大学大学院数物系研究科修士課程修了.同年 (株) 日立製作所中央研究所入社,同社情報システム研究所およびシステム 開発研究所を経て,1979 年筑波大学電子・情報工学系教授.1997 年図書館 情報大学図書館情報学部教授.2000 年法政大学情報科学部コンピュータ科学 科教授,現在に至る.理学博士(東京大学).1990 年情報処理学会創立30 周年 記念論文佳作.1999年度標準化貢献賞,同年度情報処理学会フェローおよび 情報処理学会功績賞.2000年度大川出版賞.2002 年情報処理学会名誉会員. 2004 年文部科学大臣表彰(科学技術普及啓発功績者).
授賞理由
 日立製作所においては言語処理系の研究に従事し,当時世界中で開発競争 が盛んであったFORTRAN コンパイラの開発に尽力した.それらは世界最高 水準のものとして注目された.また,筑波大学,図書館情報大学,法政大学に おいて教育研究に尽力してきた.その間に著した教科書は多くの大学で採用 されている.現在,文部科学省科学技術振興調整費に基づくプロジェクト「並列 化コンパイラ向け共通インフラストラクチャの研究」の研究代表者を務めている. 氏は,これらを通じて,日本のコンパイラ技術の向上に貢献した.  以上の貢献により,本年4 月には,文部科学省より「科学技術普及啓発功績 者」として表彰された.日本ソフトウェア科学会では,1988 年より第2 代の学会 誌編集委員長として,学会誌編集に尽力した.  このようにコンパイラ技術への貢献は,開発から研究,教育に至る幅広い 領域で顕著である.よって,日本ソフトウェア科学会は,中田育男氏の功績を 称え,フェローの称号を授与する.


二村良彦氏

略歴
 1942 年生まれ.1965 年北海道大学理学部数学科卒業.1973 年ハーバード 大学応用数学科大学院修士課程修了.工学博士.1965 年日立製作所入社. 日立製作所基礎研究所主管研究員を経て1991 年より早稲田大学理工学部 教授.その間,ウプサラ大学計算機科学科客員教授(1985~1986) およびハー バード大学計算機科学科客員教授(1988~1989).計算と論理の関係,プログ ラムの生産性向上,計算機プログラムの教育,設計,解析,評価などに興味 を持っている.
授賞理由
 1965 年に日立製作所中央研究所に入社後,HITAC5020 のソフトウェア開発 プロジェクトを通じてインタプリタ,コンパイラ,コンパイラ・コンパイラの相互関係 を洞察し,「自己適用可能な部分計算系」を用いてそれを簡潔な方程式群として 定式化した.これらの方程式群はAndrei Ershov によって二村射影と命名され, 部分計算および言語処理系分野の基礎方程式としての地位を不動のものとした. その後国内外における部分計算の研究は急速に活発化し,1990 年代にはACM 主催の部分計算国際会議が開かれるようになったが,二村射影は,部分計算が このように計算機科学の重要分野として確立する原動力となった. また二村氏は1980 年後半以降,一般部分計算法の提案とその実現に向けて 精力的に研究に取り組んできた.さらに,二村氏が提案に携わったプログラム 図式および開発技法PAD は,ISO 標準として確立するなど広い波及効果を 及ぼした.  このようにソフトウェア生産技術に対する貢献は,理論から実践に至る幅広い 領域で顕著である.よって,日本ソフトウェア科学会は,二村良彦氏の功績を 称え,フェローの称号を授与する.


渕一博氏

略歴
 1958 年東京大学工学部応用物理学科卒.同年通商産業省工業技術院電気 試験所(現産業技術総合研究所) 入所,パターン情報部音声認識研究室長, 推論機構研究室長,パターン情報部長を歴任.1982 年財団法人新世代コン ピュータ技術開発機構理事兼研究所長.1993 年東京大学工学部電子情報工学 科教授.1996 年慶應義塾大学理工学部管理工学科教授.2000 年東京工科 大学工学部情報工学科教授,現在に至る.工学博士(東京大学).1996 年 紫綬褒章.1994 年科学技術庁長官賞(科学技術功労者).1986 年イタリア 大統領より国際賞メダル授与.
授賞理由
 ETL MarkIV をはじめとするわが国の電子計算機技術開発の黎明期から, ハードウェア・ソフトウェアの両面において,常に研究開発の指導的役割を 担ってきた. 氏は世界に先駆けて記号的処理,わけてもコンピュータによる推論処理技術 の重要性を唱え研究を進めてきたが,その経験に基づき,第五世代コンピュ ータ研究開発プロジェクトとして,並列推論という新たなパラダイムに基づく 知的情報システムの基盤技術構築を提案した.1983 年から11 年間に亘る 当該プロジェクトの実施にあたっては,(財) 新世代コンピュータ技術開発機構 (ICOT) の研究所長として自らプロジェクトの実施に中核的役割を果たした. このプロジェクトにおいては,理論的基礎から大規模並列コンピュータのハード ウェア,基礎ソフトウェア,実証応用ソフトウェアに至るまでのシステムを,並列 推論という一貫した方針の下に構築し,現在も発展を続けるわが国の並列 処理技術・人工知能技術の礎を築いた.  このように,それ以前に類を見ない日本発のアイディアに基づく全世界の注目 を集めるソフトウェア技術プロジェクトを主導し,わが国のソフトウェア科学界の 発展と世界への技術情報発信に大きな貢献を果たした.  よって,日本ソフトウェア科学会は,渕一博氏の功績を称え,フェローの称号 を授与する.


米澤明憲氏

略歴
 1970 年東京大学工学部計数工学科卒業,1972 年同大学大学院工学系研究 科計数工学専攻修士課程終了.1978 年米国マサチューセッツ工科大学(MIT) 電気及び計算機科学科大学院博士課程終了.Ph.D.(Computer Science).1974 年 から1983 年同大学研究助手.1983 年東京工業大学理学部助教授.1989 年東京 大学理学部教授.2000 年東京大学大学院情報学環教授.2003 年東京大学大学 院情報理工学系研究科教授,現在に至る.1999 年,“ 並列オブジェクト指向計算 のパイオニア”としてACM Fellow の称号を授与されている.
授賞理由
 1970 年代の中期,MIT の計算機科学科大学院に在学中から今日にいたるまで, 並列・分散コンピューティングにおけるソフトウェアシステムに関する,モデル,理論 的基礎付け,プログラミング言語設計,言語処理系,応用システムに関する研究・ 開発に従事し,国際的に高く評価されている.米澤氏の学位論文は,後に「並列 オブジェクト」とよばれる並列分散ソフトウェアのモジュール概念と形式的仕様記述・ 検証方式を与えるとともに,今日の「移動エージェント」や「モバイルコード」の先駆 的概念を提案した.1980 年代から90 年代にかけて,米澤氏は,並列分散計算 モデルABCM を提案,それに基づく言語ABCLを設計し,超並列計算機上にその 処理系を実装,ABCL を使用した応用プログラムを開発した.これらの研究開発を 通し,「並列オブジェクト指向計算」を確立した.その後,線形論理に基づく並列 オブジェクト計算の理論的基礎とその型概念の定式化,モバイルオブジェクト, 安全ソフトウェアの研究を精力的に推進している.これら研究開発を通し,多くの 国際的研究者を育てた.  このように,日本ソフトウェア科学会が対象とする並列・分散コンピューティング 研究領域において,その基礎から実践までを幅広く研究し,その国際的貢献は 極めて高い.よって,日本ソフトウェア科学会は,米澤明憲氏の功績を称え,フェ ローの称号を授与する.